White論文

ようやくwhite論文がNature metabolismに発表となった。2015年夏にラボを立ち上げてから、僕がコレスポラストの最初の論文。一応、2016年にPlexin論文をファースト・コレスポとして出しているのだけれど、世間的にはこれはラボ発の論文とはカウントされないらしい。理研でもちょっとは実験したのだけれどね。

今回のNature metabolismの論文は、愛着もあるし、自分史上、紆余曲折が最大にあった論文だから、その歴史的なことを書いてみる。

 

2016年 夏

ラボを立ち上げてから1年くらいが経って、色々セットアップなども完了したのだけれど、肝心のプロジェクトの方がいまだ何すっかな、みたいな感じで定まっていなかった。当時の僕はまだ「傷」をやりたい、と考えていた。ちょうど夏の1週間のインターンシップがあり、その時に、傷をつけた時の腸での反応を若いハエと老化したハエでみると面白いかも、みたいな衝動的なプロジェクトを思いつき、2名の学部生にやってもらった(その時の一人が現在ラボにいるIさんです)。結局、実験自体はそんなにうまくいかなかったのだけれど、予想外に、老化したオスのハエで腸幹細胞が増えていることを気づいた。これは、その半年前くらいに出たLPさんたちのelife論文の結果と全く違っていて、彼女たちは、老化するとメスでは腸幹細胞が過増殖するけれど、オスではそういうのは起こらない、と報告していた。インターンシップの実験の結果を見て、オスでも老化したら腸幹細胞増えるやんかー、これってelifeの論文と全然違う、どうしてだろう、と思った。その時に、elifeに “correspondence”として、否定論文を書こうかとも思ったのだけれど、LPさんは老化業界の超大御所だし、ただ否定するだけだと喧嘩売るだけだよなー、とか思って、結局否定論文は書かなかった。それで、ひとまずこのLPさんの結果と違うデータは頭の片隅に置いておくことにした。

2016年 冬

何を血迷ったのか(?)、関学の3回生のSさんが僕らのラボに興味を持ってくれて、3回の終わりからラボに参入してくれることになった(彼女は、結局、3回生の数ヶ月と4回生〜修士2年とラボに3年ちょっと在籍することになった)。Sさんは、当初から老化に興味があるから、老化研究をやりたいと言っていた。老化で何をやるかなー、って考えていたら、半年くらい前のインターンシップの結果を思い出して、あの発見を追求してみるか、と決めた。

 Sさんにまずやってもらったのは、一般にハエのラボで使われているコントロール系統のハエを5種類集めて、それらのオス・メスで腸幹細胞の老化による過増殖が起こるか、を調べることだった。そうすると、興味深いことに、white遺伝子を持っている・持っていない系統で結果がクリアに別れた。whiteを持っている3系統では腸幹細胞は老化に伴って増殖するけれど、whiteをもっていないと増殖しないのだ。そして、elifeのLPさんたちのハエはwhiteを持っていないハエで、僕らがインターンシップで使ったのは、whiteを持っているハエだった。それからアウトクロスやらRNAiやら色々なことをして、間違いなくwhiteあるなしで老化による腸幹細胞の増殖が決まることが明らかになった。結局、LPさんたちのデータは間違っていないのだけれど、その解釈を一般化することに間違いがあったことがわかった。この時点で、また否定論文を書くことも考えたのだけれど、それもなんだか生産的じゃない気がして、whiteが一体何をしているのか追求することにした。

 

2017年-2019年

Whiteが何をやっているのかを追求するために、当時CDBでメタボロミクス の系を立ち上げていたNさんにお願いして、whiteがある系統・ない系統でメタボロ解析を結構軽い気持ちでやってもらった。すると、予想外に、かなり綺麗な結果がでて、whiteあるなしで全身の多くの代謝物に影響が出ることが判明した。White変異体は、トーマスモーガンが100年以上前に初めて単離した変異体で、ハエ業界ではもっとも有名かつよく使われる系統で、この系統に、それほどの代謝物の影響があるのは、結構信じがたかった。この結果を世に発表すると、少なくともハエ業界は衝撃を受けるだろう、と感じた。メタボロデータ以外にも、Sさんの効率的な頑張りで、論文に必要なデータが蓄積された。

 

2019年 7月

USのFly meetingでSさんが発表したり、僕自身学会で発表したり、といろんなとこで発表したこともあって、そろそろ論文にするか、ということで、論文にまとめた。Sさんはその時修士2年。なんとなく、内容がCurrent Biologyっぽいと思って、これは間違いなくレヴューには回るだろう、とタカをくくって、CBにpresubmissionすると、翌日に、興味ねーよ、という返事がきた。正直、まじか、と思った。僕は人生で何度CBからリジェクトされるのだろう(覚えているだけで、4,5回はある)。そこで、elifeに投稿した。Elifeでは無事レヴューにまわり、ちょうど1ヶ月後くらいにレヴューが帰ってきた。結果は、「興味深いけれど、メカニズムが足らないから、リジェクト」とのこと。でも、そこではほとんど失望はなかった。なぜなら、いろんな人からelifeは、3ヶ月以内にできるマイナーリヴィジョン以外は、基本的にリジェクトしてくる、でも、レヴューに回った論文はリジェクトのあとにリサブミットしたら大丈夫なことが多い、みたいな話を聞いていたからだ。だから、レヴューアーたちの指摘に答えたら、大丈夫だろう、と考えていた。

 

2019年 12月

夏から冬にかけて、就活から復帰したSさんが、色々実験をやって、葉酸が大事だということがわかり、メカニズム的なことがかなりクリアになり、論文の内容が非常によくなった。そして、満を持して、elifeに再投稿。分子生物学会前に投稿して、かなりハイテンションな気分になったのを覚えている。そして、クリスマス休暇をはさんで、投稿後一ヶ月後くらいに、まさかのエディターキック。前のレヴューでメカニズムをもっと詰めろ、と言っておきながら、メカニズムを詰めると、そんなメカニズムは当たり前でしょ、的なことを言ってきた。リヴァイズ論文のエディターキックするのに1ヶ月も待たされたことにも腹がたったし、何よりも、かなり新規のメカニズムを提案したのに、そんなの当たり前、みたいなことを言われたのが一番しびれた。このリジェクトは結構メンタルにこたえた。

 

2020年 1月

Elifeのリジェクト後、Sさんと相談して、elifeからPlos geneticsにトランスファーすることにした。僕らは結構この論文に疲弊してきて、もうどこでもいいから世の中に出したいと思い始めていたし、またSさんの卒業時の奨学金関係の書類に間に合わせるためにも2ヶ月以内にアクセプトまでいきたかった。それでelifeのレヴューとリヴァイズした論文をPlos geneticsにトランスファーした。トランスファーなら、リヴァイズ扱いで、即刻一発アクセプトもありえるだろう、と予想したからだ。しかし、蓋をあけてみると、plos geneticsは、elifeのレヴューとリヴァイズ論文をトランスファーしたにも関わらず、ファーストサブミット扱いで、全く新しいレヴューアーが二人登場して、elifeのレヴューアーと全く違うことを要求してきた。一人のレヴューアーはほぼそのままアクセプトという感じだった。驚いたことに、もう一人の若手PIが、実名つきのPDFファイル添付で非常に非常に細かい点を羅列しまくってきた。正直、トランスファーした意味ないやん、と思った。これだけの “pain in the ass”的指摘を実名つきでまるで論文かのようにまとめてきたレヴューアーのメンタリティにも衝撃をうけた。売り込む相手間違ってるよ、と心底思った。この時点で、Sさんの奨学金関係の書類に間に合わないことが確定し、Sさんに、力及ばずごめんなさいと謝った。

 

2020年 2月

Sさんの奨学金の書類に間に合わせるためにelifeからリヴァイズ論文をplos geneticsにトランスファーしたわけだけれど、結局 plos geneticsでも新しいレヴューアーが全く新しいことを非常に非常にたくさん言ってきた。僕は、この論文は、真に新しいことを言っているし、なるだけ visibility のある雑誌に載せるべきだと一貫して感じていた。そういう意味で、こういう言い方はよくないけれど、plos geneticsにトランスファーというのはある程度の妥協だった。そこで、もうSさんも修士で卒業するし、本来目指していたもう少し目立つ雑誌を目指そうと考えた。plos geneticsでは、結局reviseをしないことにして、自分からdeclineした。そして、Current Biology, Cell Metabolism そして Nature metabolismにそれぞれpresubmissionで興味があるか聞いてみた。すると、CBはまた興味なしとのこと(Again!)。Cell metabolismは、興味ないこともないけれど哺乳類のデータがないとおそらくキビシイよ、とのこと。Nature metabolismはかなりの興味をpresubmissionの時点で示してくれた。そういうわけでNature metabolismに本投稿し、無事にレヴューにまわった。

 

2020年 4月

Nature metabolismから返事がきた。3人レヴューアーがいて、2人は結構好意的で、1人は、ネガティヴよりの中立。でも基本的にリヴァイズできそうな内容で、コロナ禍の中、リヴァイズを頑張ることを決意。

2020年 7月

NMにリヴァイズ論文を再投稿。この時は、かなり自信があり、大丈夫っしょ、と余裕の気持ちだった。

 

2020年 8月

リヴァイズ論文に対してレヴューが返ってきて、1人はもうオッケー、2人は、腸特異的に葉酸をみなさい、とさらなる実験を要求してきた。僕は今までリヴァイズのリヴァイズをやったことがなかったので、こんなこともあるんやー、と思った。

 

2020年 9月

リヴァイズ論文を再再投稿。もうさすがに大丈夫だろう、と完全に安心モード。

 

2020年 10月

二度目のリヴァイズ論文は、2人のレヴューアーにまわり、なんと、なんと、2人とも、新しく足したデータはモデルを否定している、と言ってきて、エディターはリジェクト宣言。。。夜の寝る直前にメールを見て、まじでびっくりして、その夜はほとんど寝れなかった。Elifeでリヴァイズ論文がエディターキックになったのと、このNMで二度目のリヴァイズのあとにリジェクトになった経験は、近年でももっともしびれた経験だった。

 

ただ、幸運(?)だったのは、二人のレヴューアーはデータがモデルを否定していると言ってきたのだが、実際はそうではなく、否定はしておらず、どちらかというとモデルをサポートするデータだったのだ。これに関しては、僕の説明不足もあって、レヴューアーが勘違いしたのだ。僕は、データを見ればわかるっしょ、と思っていたことが、他人にはそう自明でもなかったのだ。そこで、リジェクトになった翌日に、怒りの勢いに任せて、エディターに、2人のアホレヴューアーはデータを勘違いしている、こんな理不尽な仕打ちはあるでしょうか(反語)、的なメールを結構カジュアルに書いた。すると、エディターは、それならオフィシャルな “appeal”を送ってきなさい、と言ってきた。そこで、数日かけて懇切丁寧な文章スタイルで、appeal文を書いた。すると1週間くらい経って、エディターから返事があって、なんと、3度目のリヴァイズを許可する、と言ってきた。これには、まだアクセプトにもなっていないにも関わらず、思わずガッツポーズがでた。ちなみにだけれど、アピール書くときに、Yasuさんの呟き(https://molonc.researcherinfo.net/yasu_talk15.html)にとても勇気付けられた。

 

2020年 10-12月

結局3度目のリヴァイズで求められた実験はただ一つだけで、それもなんとか完了することができ、年末年始に論文を完成。

 

2021年 1月

3度目の正直、ということで、3度目のリヴァイズ論文を投稿。たった一つのデータのために、めちゃくちゃ丁寧なリバトルレターを書いた。これでダメならもう仕方ない、と思うくらい、やりきった感はあった。そして、投稿後は、毎日無駄に論文のステータスをウェブサイトでチェックする日々(あれって無意味なのにやってしまいますね)。この論文のことを忘れるためにも、N君の論文のリヴァイズに集中した。そして、月末に、待ちに待ったメールが。もう本当にドキドキしながらメールを読むと、”We’ll be happy in principle to publish it.”やったーーーー。感無量。泣く(泣かないけど)。

 

というような紆余曲折をえて、論文がアクセプトになりました。まとめると、presubmission reject@CBで、elifeでレヴュー後にリジェクト、elifeでリヴィズして再投稿すると1ヶ月後にエディターキック、そのままPlos Geneticsにトランスファーするとファーストサブミッション扱いで新しく2人のレヴューアー登場(1人はクレイジーガイ)でヘビーなリヴィジョン、こっちからrevisionをdecline。それから心機一転でPresubmissionでCBとCMが興味ねぇよとのことで、NMに投稿、レヴュー、再投稿、レヴュー、再再投稿、レヴュー、まさかのリジェクト、アピール、復活(!)、再再再投稿、アクセプト、という流れ。あーしんど。

今回の論文投稿からアクセプトに至るまでで学んだことがいくつかある。

1. リヴァイズの後にリヴァイズがあることもある。僕は、大学院生、ポスドクの時の両方とも、リヴァイズを複数回やったことはなかった。でも、結構何度かリヴァウズすることは一般的なようだ。

 2. そして2回目のリヴァイズのあとに、リジェクトされることもある。

 3. リバトルは丁寧に書く必要がある。これは、共著者のNさんからも何度か言われたのだけれど、君のリバトルは丁寧じゃない、と。でも、僕は USで書いていたときは、両方のボスに、リバトルが wordyだから、もう少し省略した方がよい、みたいなことを何度か言われた。今思い返すと、USにいたときは、僕の後ろにビッグショットのボスたちがいたから、短いリバトルで押し切れただけだった気がする。今回の経験を通して、リバトルは丁寧かつ慎重に書く必要があることを再認識。

 4. やっぱりリヴァイズはつらいなぁ、ということ。

 まぁ、今回の経験が非常によい経験だったし、ひとつのターニングポイントになった気がする。

 あと書き

今回の論文は、いろんなところにインパクトのある話だから、できるだけvisibilityを高めたいと考えていて、2021年1月から始まったNature系列のopen accessを利用しようとした。しかし、どこにも書いていないのだけれど、OAにできるのは、2021年1月以降に初(!)投稿したものだけが対象とのこと。色々粘ってなんとかできないか聞いたけれど、無理だった。残念。